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IMITATIONGIRL

冷やし更新はじめました。

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デパートの地価も揺れる

もうすぐバレンタインですね。

ところでバレンタインって何の日でしたっけ。きっと土曜の丑の日とか春の七草みたいに、
「春はもうすぐ!最後の寒さを乗り切るためにみんなでチョコレート食べて栄養つけようね!」
とかっていう由来があるんだろうなー。そうでもなかったら、この時期に店頭に並ぶチョコレートの量が説明できないもんね。実際、雪山で遭難してチョコレートで助かったって話も聞くし。


というわけでちょっと調べてみました。


そもそもチョコレートの発祥は戦国時代にまで遡り、伊達政宗の父・伊達輝宗(1544-1585)の治下にあった陸奥において、農民たちが冬の寒さと飢えをしのぐためのに自家生産を始めた保存食・「乳余子冷糖」(ちよこれいとう、夏の時期に酪農で余った牛の乳を用いたためこう呼ばれた)がルーツと言われています。江戸時代にもなると陸奥における酪農業の衰退も相まって貴重品となり、将軍家御用達の滋養食、そして時には精力剤として珍重されるようになったため、農民の間では「乳余子作らば二代困らず」と言われるほど高値で取引されたのだとか。

※余談になりますが、たまたま江戸時代まで酪農を続けていた陸奥の集落は乳余子冷糖の上納によって幕府から手厚く保護されたために栄え、それゆえ乳余子冷糖は農民の間では縁起モノとされていたそうです。今では一般的な「ちよこ」という女の子の名前も元は乳余子冷糖にあやかって名づけられるようになったものなんだとか。勉強になりますね。


で、バレンタインという風習ができたのは江戸幕府9代目将軍・徳川家重(1712-1761)の時代の話になります。生来の脳性麻痺・言語障害や、度を越した猿楽(能)への耽溺によってイマイチ将軍としての権威を振るえなかった家重の様子を見た関東の諸武家は、これを好機と見て隠密に結束し、家系や藩を超えた「馬連隊(ばれんたい)」と呼ばれる特殊部隊のような武装集団を結成し、倒幕を画策したのです。

んで、馬連隊による倒幕テロ決行の日が2月14日でした。強固な江戸城の守りを相手に自殺行為とも言える攻撃に挑んだ切り込み部隊・「胤(いん)」の青年たちは、貴重品であった乳余子冷糖を出陣の直前にひとつずつ受け取り、涙を流しながら食べたそうです。そして彼らは難攻不落の江戸城めがけて勇敢に突進し、一人残らずその若い命を落としました。

馬連隊の乱はあえなく鎮圧されましたが、馬連隊「胤」の青年たちの勇敢で美しいストーリーは民衆の畏敬を集め、彼らの勇気を讃えて2月14日に乳余子冷糖を神前に供え、また自分たちも乳余子冷糖を食べることで春までの滋養を蓄えることを目的としたお祭り「場連隊胤祭(ばれんたいいんさい)」が全国で行われるようになったのだとか。現在2月14日を中心としたこの時期にチョコを作ったり食べたりする風習(俗に言うバレンタイン)は、この名残りなんだそうです。

《出典・参考》
wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%98

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